英会話学校パシフィック ランゲージ スクール(PLS)の日常やイベントをお伝えしています!
 


 

ボランティア

皆さんGWはどのように過ごされましたか?
と、昨年と同様(出来ること )の書き出しですが、私は昨年に引き続き、東北へ行ってきました
今年は昨年とは異なる団体に参加し、南三陸に行ってきたのですが、涙あり、笑顔あり、憤りもありのとても充実したGWとなりました

南三陸の防災庁舎(津波警報のアナウンスを最後までされ、ご本人は津波の犠牲になってしまったという話をニュースなどでご覧になった方もいると思います)

 
 

約40名の参加者と感じたことなどをシェアする時間などもとられていたのですが、その中でボランティアについての意見も多く出されました

かっこつけてるように思われるから周りに言わずに参加した
小さい力かも知れないが継続は力なりとずっと参加している など色々でしたが

一番多かった意見は 
「何もして来なかったことにずっと罪悪感を感じながらも、自分に何が出来るんだろうと思い、参加出来ずにいた」というものでした

みなさんは「ボランティア」というとどのようなイメージをお持ちですか? 

私はボランティアというと何か人のために無償で行う崇高なことのように感じていたのですが、アメリカにいた時にそうではないのかも知れないと考えさせられました
大学にある生徒に役立つ情報をシェアする掲示板には常にボランティアを募るメッセージが出されていて多くの学生が参加していたのです
私も数回参加したのですが、環境保護イベントのサポートや近所のお年寄りの庭掃除に一緒に参加した学生は皆「当たり前」のこととして楽しんで参加していて、難しいことではなく誰でもできる助け合いのようなことなんだなぁと感じたことを覚えています

「ボランティア」は英語からきた言葉ですが、英語本来の意味とは違った感覚で私は受け止めていたのかも知れないと思いました

その後、フィリピンのワークキャンプに参加し、そこで児童養護施設に滞在しながら建設作業に携わったりしたのですが、
技術のない自分が行くよりも、参加費をそのまま寄付して専門の人が作業した方が良いのではないか?
子どもたちに対する専門知識のない自分がもしか したら子どもを傷つけてしまったのでは?
などと悩んだのですが、その後に自分の中で得た答えは
確かにプロが仕事をした方が早いが、自分が直接、見聞きした経験をその後どう生かすかが大切
実際に現地の人と触れ合うことで、お金の寄付だけでは出来ないことができる
ということでした

大学卒業後にNGOでボランティアを受け入れる側になってもやはりその思いは変わりませんでした参加者が、帰国後にそれぞれの分野で活躍する中で、活動に様々な広がりも生まれ、現地の人たちも参加者も直接交流をするからこそ生まれるものがたくさんあることを実感させられました

「全世界の皆さんありがとう」世界中の人からの支援があったことを思い出させてくれる看板がありました

 
 

今回のツアーでも出来たことは小さいかも知れないけれど 
現地の人たちがおっしゃっていた
「自分たちのこと、地震があったことが忘れられてしまうことが一番怖い」
という気持ちに実際に現地を訪れることで、少しはこたえられたかも知れませんし
現地で見たことを知り合いに伝えていくこともできます

津波の被害を受けた建物などを「もう当時のことを思い出したくないから見たくない」と思っていた人たちの中には多くの人がそれらの建物を実際に訪れ、慰霊する姿を見ることで心境が変わってこられた方もいるそうです

まだ至る所でガードレールなどに津波の跡が見られました

 

震災のボランティア以外にも色々なものがありますが、どの活動でも言える事だと思います

 

2020年のオリンピックにボランティアとして参加することを目指されている方もいらっしゃると思いますが、2020年まで待たずに、「今出来ること」がきっとありますよ!!

養殖しているホヤ(写真に写っている大きさのもので約3年、つまり震災後に再開した養殖で育ったホヤです)

 
 

私が生きている間、生涯忘れてはいけない今回の東日本大震災 

震災を直接経験していない子たちが教科書などで当時の様子を見て「実際はどうだったんだろう」と疑問に思った時に、何か話せることができただけでも、今回参加した意味はあったと思っています

(カナダホームステイプログラムでも「地震の時はどんな様子だったの?」「今はどうなの?」と聞かれることが度々あり、昨年見てきたことなどを伝えることができました)

また同じような思いで参加した人たちとの素敵な出会いも大切な宝物になりました!!

Megumi